東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)90号 判決
一、本件の特許庁における手続の経緯、本件特許の特許請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用例が本件特許出願前国内に頒布された刊行物であること、引用例に審決認定の記載があることは、当事者間に争いがない。
二、そこで、原告主張の審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
前叙の当事者間に争いがない本件特許請求の範囲によれば、本件特許発明で使用するガラス繊維織布の構造は、「グラスフアイバーを多数集合せる強く太い糸を縦糸として緊密に配列せしめ、僅少の繊維条を集めた細い糸を横糸として任意間隔を置きて荒目に織成し」、すだれのような外観を呈するものであることが明らかである。この縦糸と横糸の構成比率が一定であり、規則的かつ緊張状態に織り込まれるというようなことは、本件特許請求の範囲に記載されていないし、成立に争いがない甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項にもこれを示唆する記載がないことが認められる。したがつて、これらの事項は本件特許発明の構成要件には含まれないことが明らかである。もつとも、本件特許請求の範囲には「織成し」との用語が用いられているが、これが横糸が弛緩のないように織り込まれることを意味すると認めるに足りる証拠はない。また、前記甲第二号証によれば、本件明細書添附の図面には縦糸と横糸が弛緩のない状態で織られたものが示されていることが認められるが、これは本件特許発明の一実施例を示したものに過ぎず、このように織られることが本件特許発明の構成要件に含まれると解する根拠はない。
次に前記甲第二号証によれば、本件明細書には、本件特許発明の作用効果として、太く強い縦糸が緊密に集合して縦走貫通するため縦方向に強度の彎曲弾性を生ずる、横糸が僅少であつて細いため縦糸の緊密度を阻害することがない、したがつて本件特許発明の方法によれば強靱な釣竿を製造することができる旨の記載があることが認められる。この明細書の記載によれば、前記の横糸は釣竿製造中縦糸の間隔を保持し、これがもつれてばらばらになることを防ぐ作用を営むことが推認できるに過ぎず、原告の主張するように横糸が釣竿の横方向の強度を保持する作用を営むことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、本件特許発明のガラス繊維織布がその主張のような構造、作用効果を有することを前提とする原告の(1)、(2)、(3)の主張は採用の限りではない。
三、成立に争いがない甲第六号証の二、丁第一号証の二および補助参加人桜井釣漁具株式会社主張のとおりのものであることにつき争いがない検丙第一、第二号証によれば、本件特許出願前すだれ織を用いたタイヤコードがタイヤの補強用芯材として周知であつたこと、このすだれ織は、強く太い糸を縦糸として密に配列し、細い糸を横糸として荒目に織成した織物であつて、すだれのような外観を呈しているものであること、その縦糸が縦方向の強度を補強する作用を営むことが認められる。そして、その横糸は、縦糸の間隔を保持し縦糸がもつれてばらばらになることを防止する作用を有するに過ぎず、タイヤを補強する作用を営まないことは、当事者間に争いがない。
そうだとすると、本件特許発明のガラス繊維織布とタイヤコードのすだれ織は同一の構造であり、同一の作用効果を生ずるものであることが明らかである。
四、本件特許発明と引用例記載の釣竿製造方法が審決認定の点において一致していることは、当事者間に争いがない。この事実によれば、ガラス繊維織布を合成樹脂溶液に浸漬したものを材料として釣竿を製造する方法が本件特許出願前引用例によつて公知であつたことが明らかである。そして強く太い糸を縦糸として密に配列し細い糸を横糸として荒目に織成した織物が本件特許出願前周知であつたことは前認定のとおりであり、ガラス繊維を用いてこのような構造の織布を製造することが技術的に困難であつた特別の事情を認めるに足りる証拠はない。また、釣竿はその性質上特に縦方向に強靱弾性を保持する必要があることは当事者間に争いがない。そうだとすると、縦方向に強靱弾性を保持させるために、引用例記載のガラス繊維織布を前記のような構造のガラス繊維織布に改め、これを合成樹脂溶液に浸漬したものを材料として釣竿を製造することは、当業者が容易に考えることができるものと認めるのが相当である。
前認定のとおり、ガラス繊維織布を合成樹脂溶液に浸漬したものを材料として釣竿を製造する方法が本件特許出願前公知であつたのであるから、仮にタイヤコードがゴムの補強用芯材として補助的に用いられているのに対し、本件特許発明のガラス繊維織布が主材として用いられているとしても、本件特許発明が当業者の容易に考えられるものであるか否かの判断には影響を及ぼさない。したがつて、原告の(4)の主張は採用の限りではない。また、本件特許発明のガラス繊維織布と同一の構造のガラス繊維織布が本件特許出願前公知でなくても、本件特許発明が当業者の容易に考えられるものであることは前認定のとおりである。したがつて、原告の(5)の主張も採用の限りではない。
五、以上のとおり、本件審決の判断は正当であつて、原告主張の違法はないから、原告の請求は失当であつて、棄却を免れない。
〔編註〕 特許請求の範囲および審決理由の要点は左のとおりである。
本件特許の特許請求の範囲
グラスフアイバーを多数集合せる強く太い糸を縦糸として緊密に配列せしめ、僅少の繊維条を集めた細い糸を横糸として任意間隔を置きて荒目に織成し、これに合成樹脂溶液等の硬着剤を浸透せしめ、半乾燥状態において梯形または扇形に截断した織布を、一端が小径で他端に至るに従い漸次大径に拡大せる緩円錐状の芯金に巻き取り、その外周にセロフアンテープを巻き付け加熱乾燥せしめ、然る後芯金を抜き取り表皮のセロフアンテープを剥離し研磨仕上げ適宜塗装を施すことよりなる釣竿製造方法
審決理由の要点
本件特許発明の要旨は、前項掲記の特許請求の範囲のとおりである。
本件特許出願前に国内に頒布された刊行物である昭和二七年二月一五日付け日刊工業新聞(以下「引用例」という。)に「ガラスの釣竿」という見出しと四葉の写真が掲載され、「ガラスは文化生活向上のためますます広く利用されているが、米国カリフオルニアで最近現われたガラス繊維製の釣竿はサビが生じたり腐朽したりすることなく、熱帯の気候にも適し、破損率も少い上に取扱い便であるので、非常に好評を博している。このガラスの釣竿は管状である。製法は鋼心にガラス繊維を高熱圧縮被覆し、次に鋼心を抜くとガラス管状になる。なお現在は約六〇種の長さのものが製造されている。〔上の写真〕被覆用ガラス繊維布地を検査中。このガラス繊維は合成樹脂溶液に浸漬される。〔中右の写真〕乾燥炉で乾かされたガラス繊維は適当な型に截断され、鋼心に巻かれる。〔中左の写真〕内部の鋼心を押しつけながら、被覆ガラス繊維の周囲をセロフアンテープで巻きつける。セロフアン乾燥炉の熱により更にプレスすると収縮する。次に鋼心を抜き取り管状となる。〔下の写真〕ガラス管状竿は釣竿屋に渡され、細工をして完全な釣竿にする。一八ポンドのおもりで可撓性を検査する。」と記載されている。
そこで、本件特許発明と引用例記載の釣竿製造方法とを比べてみると、両者はいずれも、「ガラス繊維の布地を合成樹脂溶液に浸漬し、乾燥截断したものを芯金に巻き、その外周にセロフアンテープを巻きつけ、加熱乾燥して芯金を抜き取り、仕上げ加工をする釣竿の製造方法」である点において一致し、本件特許発明が引用例記載の方法と相違する点は、<1>ガラス繊維布地が、グラスフアイバーを多数集合した強く太い糸を縦糸として密に配列し、僅少の繊維条を集めた細い糸を横糸として荒目に織成したものである点、<2>ガラス繊維布地に浸透させた合成樹脂が半乾燥の状態でガラス繊維布地を梯形または扇形に截断したものを用いる点、<3>芯金を一端が小径で他端に至るに従い漸次大径に拡大した緩円錐状のものとした点、および<4>外周のセロフアンテープを剥離して研磨仕上げ適宜塗装を施す点であると認める。
しかしながら、強く太い糸をたて糸として密に配列し、細い糸をよこ糸として荒目に織成した織物は、例えばタイヤコードのすだれ織のような補強芯材用織物として周知のものであり、本件特許発明のガラス繊維布地は、合成樹脂中に芯材として埋設される結果となるものであるから、<1>の点は、当業者がガラス繊維布地の設計として容易に考えられるものである。<2>のうち、合成樹脂が半乾燥の状態で、截断、巻きつけの加工を施す点は、引用例記載の方法においてもガラス繊維布を芯金に巻きつける作業にさしつかえない程度の乾燥状態であると認められるので、この点は単なる程度の差異に帰する。また、ガラス繊維布を梯形または扇形に截断した点は、普通の釣竿が先細に形成されている点からみて、当業者が引用例記載の方法から容易に考えられる設計であると認められる。<3>の点もまた、普通の釣竿の形状および芯金の抜き取り作業の難易を考慮すれば、当業者の容易に考えられる程度の設計である。引用例には最終的に釣竿屋における細工において、セロフアンテープを剥離する旨の説明はないけれども、引用例記載の方法において、巻きつけたセロフアンテープは加熱乾燥による収縮力を利用して内部のガラス繊維をプレスするためのものであり、これを残しておいても剥離しても釣竿の使用上の効果において、特に差異はないものと認められるので、外観を優美にして商品価値を高めるために、<4>のようにこれを剥離して、研磨、塗装などの細工を施すことは、必要に応じて当業者の容易に考えられる仕上げ手段であると認める。
したがつて、本件特許発明は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の発明を構成せず、同条の規定に違反して特許されたものであり、特許法第二五条第一項の規定により、なおその効力を有する旧特許法第五七条第一項第一号に該当するので、その特許を無効とする。